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2011年3月27日 (日)

宮本浩次という男

今回のFNS歌謡祭でエレファントカシマシが出場した。
私は期待とともに不安もあった。
何故なら宮本浩次という男は、「平和」という名でに成り立っている
アーティストだからだ。彼は「平和の中で生まれた異端児」である。
そんな男が有事の中で何を表現するのか、不謹慎ながら楽しみであった。

彼が選んだ曲は「悲しみの果て」であった。
この曲は「ココロに花を」というアルバムの2曲目に存在する
非常に完成された曲である。何故なら現在ライブにてこの曲が演奏されても、
CDの音源通り演奏されるだろう。いわばボクサーの体のような曲だ。
無駄なところがない。弄りようがない。そんな曲だ。
基本的にはラブソングに位置する曲だと思う。

現在のこの有事は過去の事例を見ても中々当てはまらないことだと思う。
安直に「Love & peace」という表現でこの有事を乗り切ろうとしている奴らがいる。
こういう奴らは「John Lennon」より自分が価値があると思っているのだろうか?
くそくらえだ。反吐が出る。「Love & peace」なんざなんの役に立たないことは、
歴史が証明している。お前らは自分の音楽を疑問に思ったことがないのか?

私は「たまるか」という土佐弁でこの有事を表現する。
標準語では当てはまる言葉が私には見つけられない。
では「宮本浩次」はどう表現しただろう?
とりあえず「Love」である。「悲しみの果て」は「Love」の後の「希望」を表している。
じゃあその後は・・・、
多分、誰にも分からない。音楽で表現できるのかも分からない。
そのような有事だと思う。

じゃあ、彼は何故テレビという名の偽善的な音楽番組に何故出演したのか?
そりゃあ分からんよ。ミヤジに聞けよ。
この後開催されるライブでより具体的に分かることだろう。
要は「ミヤジ」の今が知りたければ、今の「ミヤジ」を見に行け。
そういうこった。分かりやすいね。俺はライブを見に行くことにした。
ちょっとPowerもらったよ!

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